経費になるかどうかの相談で、答えがスパッと出ないものほど、実は税の原則がよく見える題材です。今回は「社長のスーツ代」「宝くじ」「一人の食事」という、一見バラバラな3つのテーマを通じて、当事務所の考え方をご紹介します。
目次
テーマ1:社長のスーツ代は経費になるか
法人(役員)の場合 ― 原則、経費にすべきではない
会社が役員のスーツ代を負担すると、原則として現物給与(役員給与)の扱いになります。背景にあるのは、給与所得には給与所得控除という概算的な経費控除があらかじめ用意されている、という考え方です。スーツのような「仕事でも私生活でも使うもの」の費用は、この控除の中に概算的に織り込み済みと整理できます。
実際、給与所得者が一定額を超える衣服費等を例外的に控除できる「特定支出控除」という制度が存在すること自体が、裏を返せば「通常の衣服費は給与所得控除に含まれている」ことを前提にしています。したがって、役員のスーツは会社経費に乗せず、個人で購入していただくのが安全、というのが当事務所の見解です。
個人事業主の場合 ― 一律否定はせず、合理的に按分
一方、個人事業主には給与所得控除のような概算控除がありません。「プライベートでも着られるから一切経費にできない」という説明は、構造的に維持しにくいと考えます。ただしスーツは業務用と私用が重なるため、業務に必要な部分を合理的に区分(按分)して経費にする、というのが現実的な落としどころです。事業での使用実態を説明できる根拠を残しておくことが大切です。
テーマ2:宝くじは経費になるか
宝くじは「経費性」と「当せん金が課税されるか」を分けて考えると、一気に見通しがよくなります。
当せん目的の購入は、経費にならない
そもそも宝くじは期待値がマイナスで、「会社が利益を上げるために宝くじを買う」ことに事業上の合理性は認められません。当せんを目的とした購入は、法人でも経費(損金)として認めるのは難しい、というのが出発点です。
「当せん以外の目的の手段」としての購入なら、経費になりうる
ここが大事なポイントです。同じ宝くじでも、購入の目的が当せんではない場合は話が変わります。
たとえば、お歳暮に宝くじを1枚添えて取引先へ贈る。これは当せん益を狙った支出ではなく贈答の手段なので、交際費として整理できます。あるいは、事業の企画コンテンツとして宝くじをまとめて購入する(動画企画など)。これは購入そのものが売上を生む事業活動=原価ですから、経費として認められます。
つまり経費になるかどうかの分かれ目は、「当せんを狙った購入か/当せん以外の事業目的を果たすための手段か」にあります。
当せん金が非課税かどうかは、まったく別の話
宝くじの当せん金が非課税なのは、当せん金付証票法という法律に根拠があります。宝くじは地方公共団体が発売元で、売上の相当部分が公共の収益金として還元される仕組みのため、当せん金に重ねて所得税を課さない、という政策的な配慮です。
重要なのは、この非課税は当せん金という所得そのものに貼り付いた性質であり、購入費を経費にしたかどうかとは無関係に決まる、という点です。経費の判定(所得税法・法人税法)と、非課税の判定(当せん金付証票法)は、別々のルールで動いています。
その結果、事業として宝くじを購入したケースでは、「購入費は経費にでき、当せん金は非課税のまま」という一見不思議な組み合わせも、法律上はあり得ます。一方、法人が受け取る当せん金については所得税の非課税規定が及ばないため、法人では当せん金は課税(益金)となります。
テーマ3:一人で食べる食事
原則 ── 一人の食事は経費にならない
出張だろうが遠出だろうが、人は事業を営むか否かにかかわらず、生命維持のために一日三食を必要とします。一人で食べる食事は、本来私生活でも発生していたはずの生活費(家事費)であって、事業のために特別に発生した費用とは言いにくい。これが出発点です。法人には出張旅費規程に基づく「日当」という概算手当の仕組みがあり、社会通念上相当な範囲ならこれで食事代を実質的にカバーできますが、個人事業主にはその仕組みがないため、原則はより厳しく見ることになります。
それでも経費になりうる「+α」のある食事
ただし、「通常の食事を超える+α」が事業ゆえの必要性として説明できる場合は、話が変わります。質の異なる3つの例で考えてみます。
ひとつ、アスリートの高タンパクな食事。競技をしていなければ摂らなかったであろう「通常の食生活を超える上乗せ分」は、事業(競技)ゆえに特別に発生した支出と整理できます。全額ではなく上乗せ部分を、栄養管理の記録などを根拠に按分して捉えるのが筋です。
ふたつ、宿泊に伴う朝食代。出張で宿泊する以上、宿泊は業務遂行上の支出であり、朝食が宿泊料に含まれているなら旅費・宿泊費の一部として丸ごと経費です。業務に必然的に従属する費用、という位置づけです。
みっつ、作業スペースとして使うカフェのコーヒー代。外で作業する必要が生じたとき、コワーキングスペースや貸会議室と並ぶ選択肢の中で、カフェは時間あたり最も安く・即時に作業環境を確保できる手段です。コーヒー1杯で電源・机・一定時間の滞在を得られるなら、これは飲食目的というより「作業スペースを確保するための支出」と位置づけられ、経済合理性があります。業務に使った実態を記録しておくことで、経費として説明できます。ただし食事を伴う場合や、私的な利用と区別がつかない場合は家事費とみなされる点に注意が必要です。
この3つは「+α」の質がそれぞれ違います──①は量・質の上乗せ、②は業務への従属、③はスペース対価への読み替え。しかし共通するのは、「事業ゆえに特別に必要だった」と事実で説明できれば経費になりうる、という一点です。
テーマ4:YouTuberの美容院代
テーマ3で見た「通常の支出を超える+α」という考え方が、いちばん鮮やかに出るのが美容院代です。
そして、同じように顔を出して活動するYouTuberであっても、髪型の位置づけによって結論は分かれます。職業名だけで経費かどうかが決まるわけではない、ということがよく分かる題材です。
経費かどうかを分ける「3つの視点」
判断に迷う支出について、当事務所では次の3つの視点で整理しています。
- 売上または将来の売上に貢献するか
- 業務の効率化を図れるか
- 通常の生活費ではなく、「プラスにかかっている」部分か
美容院代で効いてくるのは1つめと3つめで、とくに見落とされやすいのが3つめです。生命維持のために誰もが摂る食事が経費にならないのと同じで、一般の人でもする散髪は、職業にかかわらず原則として経費になりません。事業をしていなくても発生していたはずの支出だからです。
逆に言えば、「事業をしていなければ発生しなかった上乗せ部分」があるなら、そこは経費になりうる。ここが分かれ目になります。
ケース1:髪型そのものが「商品」になっている場合
たとえば、目立つ髪色をキャラクターとして打ち出し、それが視聴者に定着しているYouTuberを考えてみます。
視点1で見れば、髪色はキャラクターそのものであり、サムネイルや企画の訴求力を支える要素です。再生数、つまり売上に結びつく要素だと説明できます。視点3で見ても、ブリーチとカラーの維持は、頻度も費用も、一般の人が通常行う散髪とは水準が違います。この差額部分は、事業ゆえに特別に発生した支出と整理できる余地があります。
ただし、全額が経費になるわけではありません。誰でもする普通のカットに相当する部分は、事業をしていなくても発生していたはずの生活費です。
したがって、通常の散髪相当額を超える部分を必要経費として区分する、という整理になります。テーマ3のアスリートの食事と同じ構造です。
ケース2:髪型が一般的な範囲にとどまる場合
一方、同じく顔出しで活動していても、髪型がごく標準的な清潔感のあるカットにとどまる場合はどうでしょうか。
視点1だけを見れば、「顔を出す仕事なのだから身だしなみは業務上必要だ」と言いたくなります。しかし、視点3で引っかかります。
一般の人が行う散髪の範囲を超えていないなら、「プラスにかかっている部分」がほぼゼロだからです。会社員の散髪代が経費にならないのと、同じ理屈です。職業がYouTuberであっても、支出そのものの性質は変わりません。
もちろん、撮影のたびに特殊なヘアセットを行う、企画のために髪型を大きく変えるといった事情があれば話は別です。しかし、月に1回いつもどおり切るだけであれば、家事費と考えるのが自然です。
法人の場合 ― 会社が社長の散髪代を払ったら
ここまでは、個人で活動している場合の話でした。法人化していて、会社が社長の散髪代を負担したときは、少し景色が変わります。
結論から言うと、会社が負担した分は、社長個人に対する現物給与(経済的な利益)として役員給与の扱いになります。
役員給与は原則として損金になりませんが、毎月おおむね一定額であれば定期同額給与に該当し、損金に算入できます。法人税法施行令が、定期同額給与に「継続的に供与される経済的な利益のうち、その供与される利益の額が毎月おおむね一定であるもの」を含めているからです(法人税法施行令第69条第1項第2号)。逆に、月によって金額がばらつくようであれば定期同額給与に当たらず、損金不算入になります。
ただし、損金になるかどうかだけを見ていると判断を誤ります。役員給与である以上、社長個人には給与として所得税と住民税がかかります。社会保険料の計算にも影響します。
つまり、会社の経費にできたとしても、その分だけ社長個人の課税所得が増えるということです。手取りベースで見れば、得になるわけではありません。テーマ1で見た社長のスーツ代と、まったく同じ構造です。
もっとも、撮影やイベントのための特殊なヘアメイクを会社が直接業者に支払うような場合は、社長個人の身だしなみではなく事業のための費用として整理できる余地があります。ここは個別性が高いので、実際の使い方を踏まえて税理士にご相談ください。
職業ではなく、支出の「内容と程度」で決まる
同じようにYouTuberとして活動していても結論が分かれるのは、経費の判定が職業ではなく、その支出の内容と程度によって決まるからです。
これは条文にも裏づけがあります。所得税法は、家事上の経費(家事費)は必要経費に算入しないと定めています(所得税法第45条第1項第1号)。そのうえで、業務と家事の両方にまたがる費用(家事関連費)については、その主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合に、その部分を必要経費にできるとしています(所得税法施行令第96条第1号)。「主たる部分」は、支出額のうち業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかで判定されますが、50%以下であっても、必要である部分を明らかに区分できるときは、その部分を必要経費に算入して差し支えないとされています(所得税基本通達45-2)。
つまり、最後は「明らかに区分できるか」に行き着きます。
国税不服審判所も、家事関連費について「必要経費として控除されるためには、業務上の必要性及びその必要である部分が客観的に明らかでなければならない」と述べています(昭和58年1月27日裁決、裁決事例集No.25・42頁。公認会計士が支出したロータリークラブ会費が争われた事案)。「髪の維持費のうち、通常のカット相当額を超える部分」という形で線を引けるかどうかが、まさにここで問われます。
また、事業主が家族だけで行った旅行の費用を従業員のレクリエーション費用として必要経費に算入できるかが争われた事案では、その旅行が「サラリーマン家庭が行う通常の家族旅行と何ら異なる点は認められない」ことなどを理由に、家事上の経費と判断されています(平成3年11月19日裁決、裁決事例集No.42・44頁)。「一般の人がするのと変わらないなら家事費」という考え方が、実際の判断でも使われているわけです。
なお、国税不服審判所が公表している家事費・家事関連費の裁決事例の中に、美容院代の必要経費性を正面から扱ったものは見当たりません(2026年7月時点)。裏を返せば、確立した物差しがない領域だということです。通常分と上乗せ分の区分は実際には立証が難しく、記録が弱ければ税務調査で否認される可能性は十分にあります。
領収書を残すだけでは足りません。「なぜこの支出が事業のために必要だったのか」「そのうちいくらが通常分を超える部分なのか」を、記録と数字で説明できる状態にしておく。それが、この論点の実務上の分かれ目です。判断に迷う支出は、実際の活動内容を踏まえて税理士にご相談ください。
※本テーマで挙げた2つのケースは、考え方を整理するための想定例です。特定の個人の申告内容や税務上の取扱いについて述べるものではありません。実際の判断は、髪型を変える頻度や撮影時の対応など、個別の事実関係によって結論が変わります。
まとめ ― 当事務所の視点
経費かどうかの相談では、つい「経費になる/ならない」の二択で考えがちです。しかし実際には、「その支出が何の目的か」「どの所得にひもづくか」「課税と経費は別の軸で判断する」という複数のレンズで見ることで、答えの精度が上がります。
そして、同じ職業の人でも結論が分かれることがあります。決め手になるのは肩書きではなく、その支出が「事業ゆえに特別に必要だったか」を事実で説明できるかどうかです。
数字だけでなく、その背景にある原則まで一緒に整理する。それが、経営者の皆さまの判断材料を確かなものにする当事務所の仕事だと考えています。





